【ベトナム就職者談Vol.40】小西英之さん/人材紹介(来越前編)

小西英之さん/人材紹介(来越前編)

今回ご紹介するのは、ベトナムの人材紹介会社で勤務をしている小西英之(こにし ひでゆき)さん。

少年のような心を持った純粋な30歳です。日本を去った後から紆余曲折があり、今はベトナムホーチミンで毎日走り回っています。しかし、ベトナムに来る前には酸いも甘いも様々な経験を積まれています。一度の投稿に収まらないボリュームとなりましたので、今回は特別に来越前・来越後編の2部に分けてお届けします!
それではどうぞ!!konishi_hideyuki_profileimage

インタビューアー(以下大岡):早速ですが自己紹介をお願いします!

小西さん(以下小西):小西英之30歳です!趣味は、スポーツ全般とお酒を飲むこと、そして読書、特にミステリー小説を読むことです。映画も好きで、高校の時は映画館とレンタルビデオ屋で働いていました。ちょっと緊張しますが、今日は宜しくお願い致します!

フィリピン・アメリカでの語学を通じた経験

大岡:こちらこそ宜しくお願いします!では、これまでの経歴について教えてください。

 

小西:はい!私は東海大学を卒業後、タリーズコーヒーに新卒で就職し5年ぐらい働いて、その後に半年フィリピンで英語を勉強しました。英語はもともと苦手でほぼゼロからのスタートだったんですが、マンツーマンでの授業のおかげかグンと伸びましたね!

もっと英語を伸ばそうと思って、3か月間カリフォルニアで留学もしました。ハリウッドの影響でアメリカに住むことに憧れがありました。英語も伸ばせて、アメリカに住んでその暮らしを知る、この二つを叶えられるからいいなと思って。

 

大岡:確かに、大好きな国の言葉を現地で学べるのはとても幸せですよね!ちなみにアメリカのどこに住んでいたんですか?

 

小西:カリフォルニアのアーバインという、ドラマ「The OC」の舞台です。でもそこでは正直英語力はそんなに伸びませんでした。というのも、授業がマンツーマンじゃなかったから、モチベーションを維持するのが大変だったのが原因だと思います。でもカリフォルニアの天気や雰囲気、ロサンゼルスの町並み、ビーチの雰囲気を感じて、いつかまた住んでみたいと思いましたね!

アメリカの海岸
大岡:留学をしている間、次の仕事のことを考えたりはしていましたか?

シンガポールへ飛び立つも、新たな壁に衝突

小西:そうですね。留学中ずっと、次は何の仕事をしようかと考えていました。そんな時、シンガポールの飲食店で働く留学時代の友人から、人員不足等の理由でお誘いがかかったんです。同級生への恩もあったし、アメリカ留学後すぐにその企業に就職しました。

 

大岡:シンガポールで働いておられたんですね!仕事内容はどうでしたか?

 

小西:肩書きはアシスタントマネージャーとして働きましたが、ほぼアルバイトと変わらず接客を、週6日間。体力的にとてもきつかったですが、実際のところ一番成長した時期だと思います。しかも一人でいるときは色んな事を考えたりしました。

例えば、シンガポールにいると「階級」というものが常にある。シンガポリアンや欧米系の人は位の高い仕事につきやすく、小売り・飲食はアジア圏の出稼ぎが行う。さらに、皿洗い・掃除婦になるとインド人やフィリピン人、マレーシア人などの教育レベルの低い人が行う…とはっきりと階級によって仕事が分かれていました。

singapore_image自分に残されたのは飲食経験と少しの英語力のみ

大岡:人種と教育レベルがそのまま階級に影響するんですね。シビアな世界です。

 

小西:そうですね。日本的にいえばすごく厳しいしシビアですが、シンガポールではそれが当たり前だったから、当然のことだと思うようになりました。スキルや知識がない人はそれなりの仕事しかできないのかな、と。そう考えると自分は飲食店の経験と少しの英語力しかなくて、このままだと飲食店の道しか歩めなくなると感じました。でも、飲食で起業するのはリスキーだし、かといって前線で接客をずっとするのは肉体労働だと思い、自分はそれには満足できないと感じ、転職活動をすることに決めました。

ただ、「飲食がしんどいから」というネガティブな動機で転職活動を行っても、次の仕事もきっと嫌になって辞めてしまうだろうと思い、今の仕事がきついからという理由ではなく、本当にやりたい仕事が見つかったら転職をしようと心に決めました。

 

大岡:同感です。同じ転職でも、ネガティブな動機から転職をするのと、もっとやりたいことが見つかったから、というポジティブな動機で転職をするのとでは全然違いますね。

 

小西:転職活動中は、焦らずに「この仕事がやりたいのかどうか」という軸で案件を吟味しました。自分の強みは、少しの英語力と行動力、そして人の懐に入る力だと思うので、「だったら営業しかない!」と思いました。

 

大岡:小西さん自身も転職活動の際には、人材紹介をご利用されていたようですね。

 

小西:はい。ある人材会社の担当者がインド人だったのですが、その人と面談をした後に同じ会社の日本人から連絡が来て、「自社の営業が足りていないので、よかったら面接を受けてみませんか」と声がかかりました。そのときはとても嬉しかったですね。でも、面接に行って、面接官のドイツ人のマネージャーに、「英語力が低いから3か月後に出直してこい」と言われて、とてもショックを受けました。

壁にぶつかった

大岡:そんなエピソードがあったんですね・・・

 

小西:でも、その頃から人材紹介会社にはすごく興味を持ち始めていたんです。色んな会社に登録して、面談もたくさんしましたし、プライベートで飲んだりもしていましたからね。そうしているうちに、自分が人材紹介の人と一緒に働くイメージが湧いてきたんです。自分は飲食の経験しかないから、経済や人材の動向や業界知識等、自分に足りない知識を学びながら楽しく仕事ができると思いました。

人生を変えた女性との出会い

大岡:さらにもう一つ、人材紹介を選ぶ決定打があったとか?

 

小西:そうですね。決め手になったのはレストランの常連のお客さんです。50歳手前のエネルギッシュな女性で、今はフリー通訳をしておられます。謙虚な方ですが、話す内容は的を得ていて、とても参考になります。その方は実はシンガポールにある外資系人材紹介会社で15年間働いておられたのですが、彼女から「あなたは人材紹介に向いているわよ」と言われました。そのあたりから人材紹介だけにフォーカスするようになりましたね。

そして、人材紹介会社で働いている大学時代の親友に、海外の人材紹介会社で働きたいと話したんです。そうしたら、ベトナムの人材紹介で働いている人を紹介してくれました。「チャンスだ、行くしかない」と感じたので、1週間ほど有給をとってベトナムに行き、直接お会いしました。正式な求人もない状態でしたが、レストランでご飯を食べながら「今私は人材紹介で働きたいんです」と素直に話しました。

その次の日に、テストを受けてみるよう勧められて受験したら合格しました。全然問題が解けなかったのに当時は不思議でした。そして面接を受けさせていただき、採用されて今ここでお仕事をしているんです。

後編に続く


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